2018年03月11日
あの日(4)
とあるアパートの一室。
表札は「岸田」
居間の隅にしつらえたこじんまりとした仏壇には一枚の遺影があった。
細面の色白のショートカットの若い女性。頭にチラホラと白髪交じりの初老の女性が仏壇に向かい3本の線香の先に火を付けてからつぶやいた。
「今日はお前の誕生日だったね。咲‥。」
「お前たち子供3人を置いて出て行ったものの、咲や下の弟2人の事を忘れた事ない。咲が津波に呑まれて行方不明になったと連絡を聞いてから何度か身代わりになりたいと思った事か。」
「あの津波から半年経った誕生日に見つかるとは‥。」
そう言うと女性の目から涙がこぼれ落ち、背中を丸めてむせび泣き始めた。
遺影の若い女性と初老の女性の目元が似ていた。
そんな時 初老の女性の頭上に幾分明るい光が差し込むと共にある言葉が舞い降りてきた。
《母さんの作ったアップルパイ、又食べたいなぁ。》
その声を聞き、背中を丸めてむせび泣いていた初老の女性はハッとした顔つきで顔を上げ、声のした頭上を見上げた。が、声の主は見当たらない。
「咲、あんた、生きてるの⁉︎。」
「どこにいるの⁉︎。」
部屋を見回すも声の主は見当たらず初老の女性はがっかりした顔つきで遺影の写真を見た。
そこには、先ほどとは違った、明るい笑顔のなき娘の笑顔がー。
「あんた、私が作ったアップルパイが好きだと言って食べてくれたね。下の弟達の分残してあげなと言っても、送れてくるのが悪いと平らげて、後から小学校から帰ってきた自分の分が無いと弟泣かせたり。」
「前に作ってくれた方が生地がサクッとして美味しかったと文句言ったり。」
「文句言うなら自分で作りな‼️と私が怒ったら、母さんが作るアップルパイだから美味しいんだよ、と私を煽てたっけ。あの時は丸め込まれた様な、褒められた様な気がしたね。」
そう言うと初老の女性は思い出し笑いにクスッと笑い左右の目尻から流れていた涙を拭うと思い出した様に言った。
「あ、そうだ。長野から送って貰った紅玉がまだ残ってたからアップルパイ作って供えるからね。また生地が前に作った時みたいに美味しくないなんて抜かすんじゃないよ!。」
「久しぶりに作るから腕が鈍ってたら困るね。」
そう言って初老の女性が仏壇の遺影に向かって話しかけた時、遺影の女性が答える様に笑った様に口元が動くのだった。
Posted by ブランフェムト at 17:02│Comments(0)
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