2010年10月22日
佐久間象山先生シンポジウム


何年振りかの松代。ナガブロで検索してから象山屋で溜まりじょうゆのラーメンと餃子を頼んでお昼。
トイレが店の外ってのが面倒。
溜まりじょうゆのラーメンて言うから色からしてしょっぱいイメージだけど 店のチラシ等見るとメニューの中では一番塩分が少ないとか。
餃子は皮が厚いから焼くのに時間かかるとか書いて有り、実際に厚かった。中野の生駒菜館のみたい。
色からしてしょっぱそうだけどそんなでもない。トッピングがメンマとナルトと葱だったか。普通ならある味玉が無かったのが変わってる。
ラーメン食べたら気持ち汗ばんだ。
食べ終わったら時間的に開演に近いんで慌てて松代ロイヤルホテルに向かう。
ホテル表から入ったら県外ナンバーの車も来てて、まさか佐久間象山のシンポジウムの為に来たのなら凄い。
会場の2階ホールに向かったら既に沢山の人が並んでる


それも年配者が多い(^_^;)。
おめかししてる人も居て それに比べて私は会社に行く時の様なスニーカーで普段着(^_^;)。
なんか恥ずかしい…。
なるべく前の方にとステージを前にして左側前から4列目辺りに座る。
最初に主筆の講演。
長くて何度かウトウトしたりフッと意識飛んだりして話がわからなくなった。
休憩を挟んでパネルディスカッション。
信大教授の方が司会で 佐久間という苗字の俳句をやってる方(佐久間象山先生の子孫


初めて目にする青木の社長、若々しかった

↑時々冗談言ったりしてユニーク。
操業当時松代にスーツ売り込みに行き良く買って貰い有難うございましたと笑いながら言い、お昼休みに象山神社に行き今の企業理念を作ったとか話してた。
俳句の佐久間さんと八田さんと原さんが各々の象山像を述べていったが 緊張してるようだった。
佐久間象山先生のお母さんが病気になった際 普通なら5日掛かるのを早馬を借り軽井沢?の峠を徹夜で走り3日で松代に帰ったという話が出た。
15歳だかで当時の松代潘主に「優秀だから何か褒美を取らす」と言われ、「生母である母親が使用人の為『母上』と呼べないので呼べる様にして欲しい。」と願った逸話が有る位、お母さん思いだったのはわかる。
前からつじつまが合わないというか、疑問に感じたけど お母さん思いだった筈だけど その半面正妻とおめかけさんを同居させるって神経が理解出来ない。
実の母親に抱きしめてもらえず辛かったのはわからない筈無いのに、子供作るのに熱心で京都でも「お盛ん」だったとか。
女同士の愛憎まじえた闘いは怖いのに

なんでも 勝海舟の妹を娶った際 象山宅に当時住んでたおめかけさんが家を出ちゃったと言う。
講演より色々話が出てくるから気が紛れるかと思ったが、終わりになってきたら気分が悪くなってきた。
以前映画館に行った際なった様な吐きっぽい感覚。休憩時間に貰ってきたペットボトルの水を少しずつ飲んで紛らわし。
人が多くて空気が篭ったから?。それとも

5時に終わる予定がずれ込み終わったのが5時20分だったか。
解放された気分でトイレ行ってから一階の土産物コーナーに行き、何か面白い物があるか見たけど ヒットする物無し。
試食の落雁を幾つか食べ、竹風堂と小布施堂の違いをみようとしたが同じに感じて分からず。吐きっぽかったが落雁の糖分のお陰か収まった。結局買ったのは黒糖入り生姜湯。
車に戻り 朝に除幕式があったという象山先生の像を見に道迷いながら(笑)行く。
秋の夕方は釣瓶おとしと言うか、夕焼け過ぎると6時ともなれば暗い…。
「照明あててよぉ」と叫びたかった。
独り言でブツブツと言ってたが、通り過ぎる車のライトを当てにして携帯で写真撮ろうと思ったが短すぎてシャッターチャンスを逃す。
仕事帰りの軽トラに乗った夫婦も像を見に来てた。
結局車のライトを当てて写真を録ったが それでも暗い。何か出て来そうな写真になった…。
明るい頃に出直せ、ってか。
帰りにたけさんでラーメン食べようかと思ったが なぜだかお腹が一杯な感じで行くのやめ、昨日のABN生中継で取り上げたワインの赤を酒のたかギで買う。
後日飲んだら苦み有る味のメルローで私好みではなかった。
コンコードだったら良かった。寝酒にジュースと割ったら丁度いいかも。
Posted by ブランフェムト at
20:29
│Comments(1)